【坂本真綾】今日だけの音楽を聴いて

目次

  1. 1. 今日だけの音楽 ~一回性~
  2. 2. 今日だけの音楽 ~時間性~
  3. 3. 「今日だけの音楽」はいつだって自分の中に
  4. 4. 私にとって,「今日だけの音楽」とは?

坂本真綾10枚目のアルバム「今日だけの音楽」が届いて,今日だけの音楽を集める旅坂本真綾が体現した“時間芸術”と“一回性の芸術” 最新作『今日だけの音楽』を聴いてを読んだので,感じたことを書き留めておく.

今日だけの音楽 ~一回性~

人の多くは夜,眠りにつき,そして夢を見る.そして,朝日とともに目覚める.一日がはじまる.

このアルバムは,夢の中で聴く音楽~誰も知らないところから生まれる音楽~をテーマにしたものだ.既発表曲を一切入れないアルバムは「少年アリス」以来16年ぶりらしい.「少年アリス」発売時は私はファンではなかったので,イマイチピンとはこない.歌詞カードに付属のブックレットを読み,順番通りに聴く,というのが彼女の推奨する聴き方だそうなので,素直にこれに従った.
ブックレットを読んですぐ,「これはメッセージアルバムだな」と思った.彼女はこれまで「コンセプトアルバム」というものを何枚か出していて,夜だったり冬だったりといったものをテーマにしていた.他にも,メッセージ性のある曲はいくらでもあった.だが,今回は違った.アルバムが,明確なメッセージを含んで作られていた.まどろみに落ちていくような「はじまり」にはじまり,そしてすぐ,”Hidden Notes” において「メッセージ」が打ち出される.その内容は,すでにここで彼女が解答を述べている.

本当に核となるテーマについて歌っているのは「Hidden Notes」だけで。過去に戻りたいというお願いや、永遠に続くものを欲しいと思う、今じゃない時間軸を望む人に「今生きているこの瞬間にも目を向けてみようよ」と歌っている歌

このアルバムでは「一回性」が中心的な役割を担っていることがわかる.一瞬,一瞬.今,今.これらは,最近の彼女の楽曲において繰り返し出てくるテーマだ.

自信がなくてもはじめるんだ いつかじゃなくて今
— CLEAR —

今,今が生まれて
今,今が終わる
今 今 今を積み上げる 今
— 序曲 —

さて,アルバムに話を戻す.あいにく私は音楽の専門家でもなんでもないので,各楽曲の中身に色々踏み込むのは他の方にお任せする.ここから始まるのは,「夢の中で出会った人が思い思いに聴かせてくれる楽曲」だ.坂本真綾本人が関わったものもあるが,基本的に多様なアーティストによる多様な音楽が紡がれる.そこにはあまり彼女の良さを引き出すものはあっても,「シンガーソングライター」で見えるようなものはあまり感じない.それもそのはず,なぜならこれは「夢の中で出会った人が思い思いに聴かせてくれる楽曲」だからだ.夢の中では突拍子もない事が起こる.自分の脳みそで見る夢だが,そこに自分らしさは欠片ほどもないことと一緒だ.
これらの楽曲の中に,一回性は見られるだろうか.

永遠なんてない 一瞬だって無い
—ホーキングの空に—

昨日はあったし Today は今 / 今日が終わるまでは
— ユーランゴブレット —

ただ一度きりのあなたの人生に
— お望み通り —

たった一度ほんとの愛に触れたくて
— オールドファッション —

ちゃんとある.”Hidden Notes” でどかんと出されたメッセージがここに生きている.ところが曲を追っていくとどうだろうか.この一回性のさらに根本的なもの,周りにあるものがじわりじわりと浮かび上がってくる.
人のすべては無限の時間の中の有限の生を生きている.今日という「スパン」を生きる.

そう,「時間」だ.

今日だけの音楽 ~時間性~

一回性を強調したが,このアルバムはそれだけではないように感じる.一回性を一回性たらしめる「時間」というものから目を背けることは決してない.一瞬一瞬,今は「戻ってこない」,不可逆なものであって,なぜならそれは不可逆な時間の中を一方向に,一瞬ではなく連続的に,流れ続けるものだからだ.時間とは時に残酷なものである.時間が解決してくれる問題もあったりするが,そうでないものも多い.そして,最終的に突き詰めていくと時間は,人を究極的に不可逆的なもの,「死」へと追いやる.

人はひとり ひとり ひとり違っていても
最後に行き着く場所は同じでしょう
何を抱いて 抱いて 抱いて生きても
それは置いていく約束
— 序曲 —

このアルバムでも,時間の不可逆性を描くことに妥協は全くない.

「さよなら」は
僕を戻す 火曜日に
想い出が 降り積もってく丘へ
— 火曜日 —

一か八かオンボロロケットに飛び乗って
— トロイメライ —

季節と誰かを跨ぐ度 少しずつの負を請け負いすぎた / 明日のあなたの役目はないけど それもわかって
— 細やかに蓋をして —

しかし,時間はそんな無慈悲なものであるだけでありえるだろうか.
不可逆なものの中に,人が作り出した,戻ってくるものがある.日常,つまり惑星の周期運動によってもたらされるところの「今日」だ.

細胞分裂を 前進と後退を 延々と繰り返して 永遠を蹴散らして行け
— トロイメライ —

変わってゆくんだよね 同じ毎日 繰り返しながら
— ディーゼル —

あえて後半の曲ばかりを挙げたが,前半の曲にも時間についての歌詞はチラホラと見受けられる.
つまりは,楽曲を時間性という断面で見たとき,人間の,無限の時間の中で有限の時を,有限の周期を設定してぐるぐる回りながら生きている,生活している,営んでいる,という面が見えてくる.
そこから,ラストナンバー,「今日だけの音楽」につながる.つまり,彼女は,前述した人間の性質の中から,「営み」を掬い上げ,救い上げるのだ.

「今日だけの音楽」はいつだって自分の中に

「営み」が掬い上げられた時,人々は自分の中の日常を「想起」する.今日何時に起きて,何を食べ,電車の中で何があって,上司や後輩とどんな話をして.良かったこと,悪かったこと.嬉しかったこと,悲しかったこと.それらはすべて自分の中にあるものだ.そしてこの「想起」は,決して連続的なものではない.ふとしたとき,それこそこのアルバムを聴いてる時や,夢を見ている時にそれは起こる.

私だけが知ってるメロディ 途切れても続いてるメロディ
— 今日だけの音楽 —

坂本真綾にとって,「生きることは音楽」だ.
そして思い出してみると,何よりずっと,それは自由なことであった.

こんなに自由な
こんなに確かな
僕がいるのに
— I.D. —

誰かに聞かせるためじゃなくて イルカが泳ぐように自由に歌ったんだ
—今日だけの音楽 —

「営み」が「想起」され掬われた時,彼女は救われたのかもしれない.そして,きっと自分の歌で人々も救われたら,と思っているのかもしれない.

人々が「想起」する時,それらは既に終わっていることも重要なポイントだ.そして,新たな「営み」が否応無しに始まっている.「想起」と「営み」を,並列にする,フォローアップことは,夢を見ながら生きることは,残念ながら人間には決してできない.

抱きしめたら消えちゃうメロディ さよならから始まるメロディ こぼれてく
— 今日だけの音楽 —

このように考えてみると,「今日だけの音楽」とは,一回性,そしてその根本にある時間性の中から浮かび上がってくる人間という生き物が毎日当たり前のように行う「営み」の切なさを,尊さを,夢という誰もが見る現象に絡めて描写し,本質的なメッセージとしたものであると感じる.そしてこれは我々にハッキリと向けられたものであるのと同時に,”I.D.” から続く彼女の「営み」の大きな「想起」なのかもしれない.
私は,坂本真綾が「もう死んでもいい」などと発言した理由を,少し理解したような気がする.

私にとって,「今日だけの音楽」とは?

余談だが,私は夜,時々あえて眠りにつかないことがある.天体観測をするとき.星の下で,明かりをすべて消して,地べたに寝転がり,自然と一体になる.夢は見ないが,確かに気分は夢見心地だ.
人々は私をロマンチストだと言う.だが自分はそうは思わない.私は星を眺める時にこそ,究極の孤独を感じ,「今,現実」をまっすぐ「生」きていることを感じ,そしてこれまでの「営み」を「想起」する.なので,私はこのアルバムに勝手な解釈ながら深く共感することができた.星空はいつ見ても同じという人がいるが,全くそんなことはない.自然はいつだって動的で,一晩だって同じ空が見られることはないのだ.
「今日だけの音楽」では,「営み」に帰る,夢から覚めることを夜明けで表現する.

振り返ると朝日が照らしていた。 私の夢は終わる。 そしてまた,今日だけの音楽を忘れてしまうだろう。
— 「今日だけの音楽」ブックレットより — 

もうすぐ夢から醒める
夜明けが明日を連れてくる
二度と会えない今日のワタシ
抱き合ってさよなら
— 今日だけの音楽 —

天体観測をしていても,夜明けは否応無しにやってくる.我々は「想起」をやめ,「営み」に帰るのだ.そして,「誰も知らない,今日だけの一日」が始まる.

「どんな音楽だって、誰も知らないところから生まれ出るのよ」
— 「今日だけの音楽」ブックレットより — 

さあ,

歌え 今日だけの音楽を